二つ月の神話 序

 

 神様を殺そう。

 

 雛鳥は決めた。

 そう決めた途端、雛鳥の心は燃えるように熱くなり、そして瞬く間に、水に沈むように冷えていった。

 雛鳥は、空を見上げる。

 嵐が去った後の空は雲一つなく、どこまでも水色に潤っている。

 ざわざわとざわめく草木と共に、雛鳥の、後ろで束ねた黒髪が揺さぶられる。

 泥で汚れた巫女装束の裾が、はためく。

 吹き荒ぶ風の中。

 大地に突き立てた一振りの剣(つるぎ)の、その柄をしっかりと握り締めて。

 まだ大人の女とは呼べない、小枝のように小さくか細い体を、風にさらわれまいと、剣で支えるようにして。

 雛鳥はそこに立っていた。

 雛鳥の立つ場所は、山の木々が開けて、短い草が生い茂る、なだらかな斜面の上だった。

 増水した川の轟々と唸りを上げる音が、斜面を下った先にある谷底から、聞こえてくる。

 音と共に、あらゆるものを呑み込んだ水の臭いもまた、雛鳥のいる辺り一帯を満たしていた。

 その湿った空気を深く吸い込み、吐き出すと。空から地へと、眼差しを移して。

 おもむろに雛鳥は、草原の斜面を駆け下った。

 剣を抱え、裸足の足裏で、濡れそぼった草を踏んでいく。草の下のぬかるみに足を捕られ、転びそうになりながら、それでも走って、やがて迫る谷の手前で、勢いに任せ、大きく跳んだ。

 宙へと投げ出された雛鳥の体は。

 雛鳥にしか見えないものによって掬い上げられ、持ち上げられる。

 その体は地上を離れて、高く、高く。

 舞い上がっていく。

 そのまま空の深くへと、吸い込まれるように昇っていく。

 うっすらと白む月の浮かぶ、天を目指して。

 雛鳥は空を飛んでいった。

***

 雛鳥が空高く飛ぶ姿を、離れた場所から一人の少年が見ていた。

 少年は息を飲み、呟いた。

「神様だ」

 少年は呆然として、一人の少女の姿が遥か、空の彼方に去っていくのを見つめ続けた。

 そして、決めた。

 家に戻り、素早く身支度を整えると、長年暮らしたその家を捨てて、旅に出た。

 少女を追って、少年は走り出した。