二つ月の神話 二(1)

 

「君は神様なの?」

 その少年は、雛鳥の目の前に突然現れ、そう雛鳥に尋ねたのだった。
 雛鳥は頭に血が昇って、咄嗟に少年を突飛ばした。
「私は神を殺す者よ!」
 雛鳥はそう言うと、そのまま見えない蛇を手繰り寄せて、空を飛んで行った。
 何度も空を飛ぶうちに、見えない蛇に乗るコツを、雛鳥は掴みつつあった。
 見えない蛇を観察して、気が付いたことがある。それは、見えない蛇は繰り返す生き物だということ。
 天と地を行き来している者、風を動かして木の葉をくるくると回している者、太陽と共に朝、東から昇って西に沈んでいく者。全ての見えない蛇は、それぞれ同じことを繰り返し、巡り続けている。
 その習性を利用すれば、見えない蛇を呼び出すこともできることがわかった。
 雛鳥が呼吸一つ、或いは指先一つ動かすだけで、姿を現す小さな見えない蛇達がいる。雛鳥の呼吸に合わせて行ったり来たりを繰り返す小さな蛇や、突き出した指の周りを繰り返し回り続ける小さな蛇、そういった小さな蛇達が集まると、更に大きな蛇が現れることも分かった。どのような時にどのような蛇が現れるのかを覚え、そうして人が一人乗れるほどの、見えない大蛇までをも引き寄せることができるのだ。

 何度も空を飛んだが、あの大祭の日のように神に出会うことはなかった。
 山の緑が濃くなっていく中で、雛鳥は焦っていた。
 木の実の蓄えはまだある。だがそれも冬には尽きるだろう。囲いの集落の側の栗林は全て流されてしまった。
 何より雛鳥は、毛皮を持っていない。

 初めて出会った日から、少年は雛鳥の視界に時折映った。
どうやら雛鳥のことを、必死につけているらしかった。
 ある日のこと。雛鳥はつけて来た少年を撒くために、崖の端から空を飛んだ。すると少年が、雛鳥の後に続こうと、何と崖から跳び降りたのだ。
 雛鳥は驚いて、蛇達の上を伝い、崖下へと向かう大蛇に飛び乗った。そして少年の下まで向かうとその腕を掴んで引き寄せ、蛇達を手繰り寄せて崖の上に向かう蛇に乗り、少年を上まで連れ帰った。
「死ぬつもりだったの!?」
 崖の上に戻った雛鳥は、少年に乱暴に言った。
「死にたかったのかもしれない」
 少年はそう言って、自分の言葉に自分で驚いたような顔をした。
「僕はただ…、神様に会いたいだけなんだ」
 少年は、言い直すようにそう言った。

「前にも言ったけど、私は神様じゃないわ」
 いくらか落ち着いた声で、雛鳥はそう言い返した。
「それはもう分かったよ。ずっと君をつけていたからね。君は神様じゃない」
 少年が言った。
「でも、ただの女の子でもない、空を飛べる女の子なんだ」
 少年は、立ち上がると言った。
「まだ名乗ってなかったね。僕の名前はクスかシイのどっちかだ。どっちが本当の僕の名前かは僕も分からない。クスとシイ、どっちの名前で呼んでくれても構わないよ。君の名前は?」
「私は雛鳥。クス・シイ、私が神様じゃないと分かったのなら、もうついて来ないで」
 雛鳥はそう言うと、立ち去ろうとした。
「待って、君が持っている剣、それは僕のなんだ」
 少年が言った。
「その剣は君にあげる。だからお願い、その代わりに僕を神々が集う、天の河のほとりまで連れて行って。僕は神様に会いたい。聞きたいことがあるんだ」
「この剣は私のよ」
 雛鳥はそう言うと、今度こそ空を飛んで立ち去った。