二つ月の神話 二(3)

 ふくろう神を探して、森の中をさ迷っていると、一人の男に出会った。
 その男は、右手に木の杖を持ち、左手には小さな矢を握っていた。男の顔には、あのふくろう神の羽の模様と同じ模様の刺青が施されていた。
 雛鳥と対峙した男は、手に握っていた矢を雛鳥の目の前の地面に放り捨てた。それは、雛鳥がふくろう神に当てた矢だった。
 男は言った。
「このようなおもちゃで神を殺そうなどとは思わないことだ。こんなものでは神を傷付けることはできない」
「あなたはさっきのふくろう神なの?」
 雛鳥の言葉に男は答えない。
「もう一度聞くわ。夏の初めに大嵐を起こした神の、その居所を教えて」
「それを聞いてどうする」
「その神を殺すの」
 男は笑った。
「ずいぶん物騒だ。だとすれば尊き神の敵であるお前を私は殺さねばならない」
「邪魔をするなら私があなたを殺す!」
 雛鳥はそう言ってふくろう神に斬りかかった。
 雛鳥が大きく振りかぶった剣を男は後ろに下がって避けた。
「その剣は」
 男は更に数歩下がって言った。
「その剣は俺の剣だ。お前が盗んだのか」
 男の頬には、雛鳥の振りかぶった剣先が掠めたのか、血がついていた。
「盗んでなんかいない。この剣は私の剣よ」
「嘘をつくな」
 そう言うと男はあっという間に距離を詰め、雛鳥のみぞおちに木の杖を突き入れた。
 その強い衝撃に雛鳥の体は地面に向かって傾いた。
 剣を手放してはいけない。
 雛鳥が咄嗟に考えたのはそれだけだった。
 雛鳥は剣を握ったまま、不恰好な姿勢で地面に伏した。
 腹に受けた打撃のせいで、すぐには起き上がれない。
 土にまみれた顔を何とか上げようとした時だ。
「ぎゃあっ!」
 自分の出したとは思えないような声が、森の中に響いた。
 男の足が、剣を握った雛鳥の手を踏みつけていた。
 ミシッ ガリ
 嫌な音が男の足の下から漏れてくる。
 男は、念入りに雛鳥の手を潰すと、最早感覚のなくなったそれを蹴り退けた。そして、手の下から現れた剣を取り上げようとした。
 剣を取られたら駄目だ。
 雛鳥は、ありったけの力以上を出して、腹ばいのまま、蛙のように飛び上がり、剣の上に覆い被さった。
 雛鳥の思いがけない動きに、男は動きを止めた。
 雛鳥が腹ばいのまま、動く方の手を懐に潜り込ませると、男は数歩下がった。
 雛鳥は、体の下にある剣の柄を握った。
 簡単に殺されるもんか!あの男が再び近づいて来たら、あの男の足を叩き切ってやる!
 雛鳥は立ち上がれないまま、顔だけを上げて目の前の男の影を睨み付けた。
 雛鳥の気迫が伝わったのだろうか、男はフッと体の力を抜いた。
「どうやら剣の怖さを知らないらしい」
 男は雛鳥に背を向けて歩き出した。
「その剣は暫く預ける」
 男はそう言い残し、森の中に姿を消した。
 雛鳥は暫くの間、気配を窺った。男がまた戻ってくるかも知れない、そう思ったのだ。しかしどうやら、男は本当に去ったらしい。
 緊張を解いた途端、激痛と恐怖が襲ってきた。
 雛鳥は震えながら、潰された手を引き寄せた。指がおかしな方向に曲がっているのを見て、思わず目を背けそうになる。いけない。ちゃんと見ないと手当てが出来ない。
「畜生!」
 雛鳥は叫んだ。叫んだ途端、裂くような痛みを胃に感じて、雛鳥は吐いた。
 胃の中のものを全部吐き出し、吐くものがなくなって血の混じった胃液を吐いても、吐き気は止まなかった。