二つ月の神話 二(6)

 名無し神は、森をさ迷う名前を無くした神なのだと、囲いの集落の人々は噂していた。
 無害ではあるけれど、時々人を惑わすから近づいてはいけない、と。
 実際、一緒に暮らしてみて、名無し神は全く穏和だった。

 まず、動物を殺さなかった。食べるものは木の実、茸、草、根で、全て手でもぎ取って、石刃などは使わなかった。
「西の祭祀場跡に行ってはいけないよ。祭祀場跡の向こうの土地には、渡りの民がいるから」
 そう忠告する時以外は、いつもニコニコしていた。
 雛鳥は、あれほど必死になって守った剣を無くしてしまっていた。
 一夜を明かした木の虚や、傷を洗った湧水の辺りを探したが、見つからない。
 名無し神に剣のことを聞くわけにはいかなかった。
 名無し神は武器を酷く怖がるからだ。
 そうして名無し神と暮らす日々は穏やかだったが、雛鳥は神への復讐を忘れたわけではなかった。