二つ月の神話 二(14)

「雛鳥、ちょっと遠出しない?」
 クス・シイが雛鳥にそう言ってきたのは、寒さがいくらか弱まり、雪が溶け始めた頃だった。
 クス・シイは、コダマ、という名の龍の子にひらりと乗ると、未だに一人では龍の子に乗れない雛鳥に手を差し伸べた。
「乗れよ」
 常にない、自信に満ち溢れたクス・シイの態度に、雛鳥は思わず吹き出し、何だか酷く面白い気持ちになってクス・シイの手を握った。
 クス・シイと雛鳥は、コダマに乗って西の草原を駆けた。
「まるで空を飛んでるみたい!」
 雛鳥が言うと、クス・シイが笑った。
 そして更に速度を上げて言った。
「こいつに乗って走ってるとさ、生きてるって気がするんだ!」
 コダマはどんどん速度を増し、どこまでも駆けて行く。
「どこまで行くの?」
 流石に不安になって雛鳥は聞いた。渡りの民の野営地から遠くへ来すぎていた。
「どこまでもだよ。だって僕らは逃げてるんだから」
 クス・シイのその言葉に雛鳥は眉を寄せた。
「逃げる?どういうことなの」
 雛鳥がそう言った時、後ろから蹄の音が聞こえてきた。
 ぐんぐん近付いて来たそれは凪の乗った龍の子で、さっき速度を出しすぎてすっかり疲れてしまっていたコダマは、簡単に追い付かれてしまった。
「降りろ」
そう言った凪は、普段の穏やかな様子が嘘のような剣幕で、クス・シイも諦めてコダマを止め、降りた。雛鳥もそれに続く。
 凪もまた龍の子から降りると、黙ってクス・シイの前まで歩み寄り、その顔を平手で打った。
「何度も言わせるな。勝手に龍の子を走らせて野営地から離れるな。この龍の子はお前のものじゃないんだぞ」
 凪はそう言って、今度は雛鳥の方を向き、
「さあ、帰るぞ。ともかく帰って話そう」
 そう言った。
「ああ、僕のものじゃないさ。誰のものでもないはずなんだ」
 クス・シイが頬を押さえながら、小さくそう呟くのが、雛鳥の耳には聞こえた。