二つ月の神話 二(9)

 森を歩いていると、悲鳴が聞こえた。
 声の聞こえた方へ行けば、クス・シイがいた。
 クス・シイは、熊に襲われていた。
 雛鳥は、何故だかその熊が、大祭の生け贄になるはずだった熊だとわかった。
 もう、首に縄は付けていないのに。
 雛鳥は、剣を振り上げて熊目掛けて走った。熊は雛鳥を見て、雛鳥の方に標的を変えた。
 雛鳥は咄嗟に見えない蛇の流れに乗った。すると、まるで奇跡のように熊の鋭い爪をかわして、熊の懐に入ることができた。雛鳥はそのまま躊躇いなく、熊の目に剣を突き刺した。
 熊が怯んで数歩下がった隙に、雛鳥はクス・シイの手を掴んで熊から離れた。
「かかれ!」
 突然、声がして、何本もの矢が熊に突き刺さった。
 熊が呻き声を上げてよろめく。
 現れたその男達は、奇妙な生き物に乗っていた。鹿に似ているが、鹿よりも大きく、毛も長い。男達は熊を取り囲むと、一斉に槍を突き刺した。
 熊が動かなくなるのを離れて見ていると、奇妙な生き物に乗った男の一人が、雛鳥の方に向かってきた。
 頭巾を被り、顔半分を埋めるほどの髭を生やした男は、男にしてはやけに高い声で雛鳥に話しかけた。
「助かったよ。私達の狩りを手伝ってくれて、ありがとう」
 そう言って男は、頭巾と共に髭を取り外した。男だと思っていたのは、若い女だった。髭だと見えたのは、動物の毛で作った首巻きだったらしい。
「あなた達の狩りなんて知らない。私はこの子を助けようとしただけよ」
 雛鳥は言った。
 女はクス・シイを見て、
「やあ、あんただったのか。こんな所に何でいるんだい。また逃げ出してきたのかい」
と言った。
「違うよ。狩りの手伝いをしようとしたんだ。本当だよ」
「ふうん、まあ言いけどさ」
 女はそう言うと、再び雛鳥に向き直った。
「私は小波。渡りの一族の者だ。改めて礼を言うよ。こいつを助けてくれてありがとう」
「あなた達は渡りの民なの?」
 雛鳥は小波を見上げて言った。
「お願い、私をあなた達の仲間にして」
 それを聞いた小波はハハッと笑うと
「ともかく乗りなよ。私達の野営地まで案内するからさ」
そう言った。
 雛鳥が、恐る恐るその奇妙な生き物に近づくと、小波が手を伸ばして引っ張り上げてくれた。クス・シイも、他の男が乗る奇妙な生き物の背に乗せて貰い、出発した。