二つ月の神話 二(19)

「私は、生け贄だったのね」
 雛鳥は言った。
 本当は、心のどこかで気が付いていたのだ。気が付いていて、見ないふりをしていた。
 雛鳥の母は、奴隷だった。生まれつき右足が不自由だった父は、嫁の来てがなく、渡りの民から奴隷の母を、自分の作った壺と交換に買ったのだった。
 父が亡くなり、母と雛鳥はそのまま囲いの集落に暮らすことになり、囲いの集落の人々も、雛鳥達をいったんは受け入れた。しかし大祭の復活が決まったとき、事情が変わった。
 雛鳥が「踊り子」に選ばれたのは、雛鳥が踊りが上手だったからではない。雛鳥が、奴隷の子だったからだ。
 曇る土地の人々は、「踊り子」にする為の奴隷を手に入れられなかったのだろう。凪は、渡りの民は今は奴隷の仲買をやっていないと言っていた。だから、雛鳥が選ばれた。
「私は、あの祭壇で踊った後、死ぬはずだったのね。でも死ななかった」
 雛鳥は言った。
「大祭のあの日、嵐によって洪水を起こしたのは、私が龍を見る目を持っていて、死ななかったからなの?だから私の代わりの生け贄として、囲いの集落を沈めたの?」
 雛鳥は、神に問うた。
「ねえ、答えて。私がちゃんと死んでいれば、囲いの集落の人々は…お母さんは、死なずにすんだの?だったらお願い、もう一度やり直させて。生け贄として、踊り子としてちゃんとやり遂げてみせるから、だから私のお母さんを、全てを元に戻して!」
 神は、雛鳥を慈しむように、また突き放すように言った。
「できないわ。だって私は神だから。神は上(かみ)。上にいなければいけない存在なの。だから地の底の死者の世界にいった者達のことは、どうにもできない。私の大切な小鳥も、地の底に落ちてしまって戻って来ないのよ」
 そして、少女のようにクスリと笑って言った。
「私の手の中に落ちてきた雛鳥。でもあなたは私の小鳥じゃないわ。だからあなたは好きな所へ飛んで行ける」
 社の周りを巡る龍達は、どんどん早くなっていった。雛鳥はその龍の渦の中に飲み込まれ、社から引き離され、社からあっという間に遠く離れていった。
 遠くから神の声が聞こえた。
「あなたがそうしたいのならば、そうしなさいー」