二つ月の神話 二(11)

 天幕の中には、男が一人いた。雛鳥が想像していたよりもずっと若かったが、それでもすぐにその男が長だとわかった。雛鳥を見て、曇る土地の集落の長達がするのと同じような笑みを向けたからだ。
「凪、新しい仲間を連れてきたよ。えーっと、あんた、名前はなんて言ったっけ?」
 小波の言葉に、凪、という名前らしい若い長は、やれやれ、という風に溜め息を付き、しかし小波の突拍子のなさには慣れているのか、言葉を飲み込むようにして笑みを作った顔で、雛鳥を見つめた。
「私は、雛鳥」
 凪に目で促されるままに、雛鳥は答えた。
「私は凪だ。この一族の長をやっている。知らせは受けている。狩りの手伝いをしてくれたんだってね」
 凪はそう言って雛鳥の持つ剣に目をやった。
「何でも珍しい剣を持っているんだとか。ちょっと見せて貰ってもいいかな?」
「この剣は私のものよ」
 雛鳥は剣を握りしめて言った。
 凪は雛鳥の反応に、面白そうに片眉を上げ、微笑みを崩さずに言った。
「勿論、君の剣だ。奪ったりはしない。君が私を信用できないのであれば無理にとは言わないよ」
 雛鳥は、警戒しながらも凪に剣を渡した。
「ほお、鉄で出来た剣か。これは凄い。きっと海を渡ってきたんだろうね。…我が一族と同じように」
 凪はそう言って繁々と剣を見た後、雛鳥に返した。
「とても珍しいものを見せてくれてありがとう。良ければ、この剣をどうして手に入れたのか、教えてくれないか?」
「それは、曇る土地の大祭で使われるはずだった剣です。私は大祭の踊り子でした。」
 雛鳥はそうして話し始めた。大祭のこと。災害を起こした神を見たこと。神の起こした災害によって全てを失ったこと。神に復讐を誓ったこと。
「実はあなたにお願いがあるのです。あなた方渡りの民は神を恐れないと聞きました。私の復讐に手を貸してくれませんか」
「確かに我ら渡りの民は君たち曇る土地の神々を恐れない。信じていないからね」
 凪は笑顔のまま言った。
「存在を信じていないものを恐れたりはしないだろう」
「では、私の話も信じてはくれないと?」
「そうは言わない。我らは君達の神々の存在は信じないが、見えない龍の存在は信じている。我ら渡りの民は、見えない龍に乗って海を渡り、この土地に来たのだから」
 凪は続けた。
「君の話を信じて、復讐に手を貸してもいいよ、雛鳥。その代わり、条件がある。我ら渡りの民の一員になってくれ。そして一緒に、見えない龍に乗って海を渡るんだ」