二つ月の神話 一(5)

 雛鳥の人生が、まるで渦に飲まれるように大きく巡り出したのは、雛鳥が生まれて十二度目に迎えた春の終わり。

 それは、壺割り祭りの日のことだった。

 壺割り祭りは、ひびが入ったり欠けたりして使われなくなった古い壺を、皆で割って埋葬するという、囲いの集落でのみ行われていた祭りだった。

 囲いの集落では、壺作りは夏に行われていた。新しい壺を作る季節に入る前に、古い壺をあの世へ送る、というのがこの祭りの趣旨で、囲いの集落の人々にとって、夏の始まりを示す祭りでもあった。

 がちゃん、がちゃん。

 その日は朝から、穴に向かって落とされた壺の割れる音が響いていた。壺が割れる度に、小さな子供らが喧しく歓声を上げる。

 毎年変わらない祭りの風景の中に、去年までは見なかった人々の姿があった。

 長老が三人、祭りにやって来ていたのだ。

 長老は、集落の垣根を越えて、曇る土地全体に権威を持つ存在だ。

「長老は、誰かが殺された時、殺した奴に対して身内や集落がどんな手順で罰を与えれば良いのか、正しい復讐の方法を知ってるんだ」

 いつだったか雀(すす)という名の男の子が、そう自慢気に他の子供達に話して回っていたことがあったが、復讐の方法に限らず、曇る土地の全ての「正しいやり方」を知るのが長老なのだということは、雀から教わらなくとも、曇る土地の者ならば誰もが知っていることだった。

 長老は、集落の長とは違い、どの集落にもいる訳ではなく、囲いの集落には長老はいなかった。だから祭りにやって来た三人の長老達は、他所の集落からわざわざ、供を従え、ぐるりの山々を越えて、やって来ていたのだった。

 長老が三人も祭りに来ることは、今までにはなかったことだった。

 囲いの集落の人々は不思議がって、祭りの日の朝は皆、何事だろうかと盛んに噂しあっていた。

 長老達を家に泊めている、囲いの集落の長の長鳴き(ながなき)は、何か知っているはずだったが、人々に対して、何も説明しようとはしなかった。

 結局有耶無耶なまま。やがて酒が振る舞われ、踊りが始まる頃になると、祭りの高揚した空気に流されて、噂をする声も、聞こえなくなったのだった。

 全ての壺が穴の中に落とされると、踊りが始まった。

 小さな男の子達は、バッタの真似をしてぴょんぴょん飛び跳ねて踊り、男達は熊の真似や猿の真似をして踊り、そして女達は、鳥の真似をして踊った。

 雛鳥も、羽織った布を素早く閃かせる、燕になって踊った。

 雛鳥が祭りで踊るのは、この日が初めてのことだった。

 雛鳥の母は、「私は遠く離れた他所の集落の出だし、この辺りの集落の踊りには慣れていないから」と言っていつも、踊りに参加しようとしなかった。そもそも母は、祭りで着る為の晴れ着も持っていなかった。

 それで、母に倣って雛鳥も、これまでは祭りで踊ることはなかったのだが、母は、自分は兎も角、雛鳥まで母に準じて祭りの踊りに加わらないでいることを、ずっと気にしていたらしかった。

 その年、母は長の長鳴きを通じて、雛鳥の為に祭り用の晴れ着と布、そして靴を手に入れ、雛鳥に贈ってくれたのだった。

「お母さんに遠慮しなくていいから、あなたは踊って来なさい」

 母にそう言われて、雛鳥は初めて祭りで踊りの輪の中に加わった。

 母が側にいないことで、始めこそ心細く感じていた雛鳥だったが、徐々に気持ちが高ぶり、やがて踊ることに夢中になっていった。

 母から贈られた靴は、雛鳥の足には少し大きく、踊りづらかったのだが、傍目にはそうとは思えない程軽やかに鋭く舞う、誰よりも美しい燕になっていた。

 踊りながらふと雛鳥は、踊りの輪を外から熱心に見つめる者達がいることに気が付いた。

 それは、三人の長老達だった。気のせいだろうか。彼らは雛鳥を見ているように思われた。

 そしてそれは、気のせいではなかったのだった。