二つ月の神話 一(2)

 雛鳥は、囲いの集落、と呼ばれる集落で生まれた。

 一際高く聳える二つの峰の頂に、一年中、老人の髪のように白い雪を積もらせた、「双子のお爺さんの山」として親しまれる山、双翁山を西に望み、緑豊かな山々が連なるその辺り一帯は、曇る土地、と呼ばれていて、人々の暮らす集落がいくつも点在していた。

 囲いの集落も、そんな曇る土地にある集落の一つで、ぐるりの山、と呼ばれるなだらかな山々に囲まれた、盆地の中にあった。

 近くを小川が流れ、栗の木やどんぐりの木が周囲に植えられたその集落は、二十戸ほどの、葦でつくられた家々から成り立っていて、中央には広場が均され、広場の東側には墓地が設けられていた。壺を作るのに良い土が採れる、壺作りが盛んな集落だった。

 曇る土地にある集落と集落の間では、人々の往来が盛んで、囲いの集落にもよく、他の集落から人が訪れた。

 交易の為に来る者がほとんどだったが、集落から集落へと渡り歩く詩詠みが、長く逗留することもあった。狩りの合間に、ただ若い女達を冷やかす為だけに熱心に足を運ぶ、近隣の集落の若者達の集団も、見かけた。

 日が落ちる頃になると、囲いの集落の長は、そういった外から来た客をもてなす酒宴を開いたものだった。

 長の家で酒宴が開かれると、囲いの集落の人々も、連れ立って長の家へと集まったものだ。幼い頃の雛鳥もまた、母に連れられ、よく長の家を訪れた。長の家に入れば、すでに酒に酔って機嫌の良くなった大人達が、子供達にご馳走をわけてくれたものだった。

 雛鳥は、炙った魚肉の団子を口の中でハフハフと冷ましながら、宴の席で人々が語る、神々にまつわる言い伝えや、神のお告げであるという神夢の話に耳を傾けるのが、好きだった。

 煌々と燃える囲炉の火。

 それを囲む人々の、笑いさざめく声が家の中に響く。

 人々の影が、葦でできた家の壁の上で揺らぐ。

 炎の揺らめきと共に、皆の影が伸び縮む。

 戸口の外は、全てを飲み込む黒い闇に包まれている。

 そんな中。ふいに訪れる静寂をついて、詩詠みが朗々と語り出す。

 それは、高い所に住まう神々と、低い所に暮らす人々とを煙によって繋ぐ、火の神の話であったり。

 世界の始まりから存在した、最も古い語り部、梟神の話であったり。

 森の中をさ迷う名無し神の話であったり。

 川をどこまでも上っていくと、やがて辿り着くという天の河の、そのほとりに集う天の神々の話であったりした。

「ほうら、豆粒どもはもう寝ろ、もう寝ろ」

 そう言って、大人達が子供達を追い立てるほど夜が深くなっても、雛鳥は耳にしたばかりの物語に酔って、その場から動けず、ぼうっとしていたのだった。