二つ月の神話 一(9)

 完全に日が暮れて、夜が来た。

 雛鳥は空を飛ぶ大蛇にしがみつきながら、気が付けば分厚く黒い雲の中にいた。

 そこには、雛鳥が乗る大蛇と同じ、神の風の化身である巨大な大蛇達が、無数に集結していた。

 大蛇の群れは、ぐるぐると回って大きな輪をつくり、黒雲をかき回していた。

 その渦の中心に、誰かがいた。

 その誰かは、目まぐるしく形が変わっていく不思議な衣の上に、虹色の長い上掛けを羽織っていた。光輝く石を沢山通した紐飾りを、全身に幾重も巻き付けて、背には金色の大きな弓、腰には金色の矢が沢山入った矢筒を提げていた。頭には眩く輝く冠を被り、そのあまりの眩しさに、顔は隠されていた。

 それが誰か、雛鳥は知っていた。

「違う、神様じゃない」

 雛鳥は、信じたくなかった。確かに幼い頃に雛鳥が想像した通りの姿だったが、眩しくて見えないはずのその表情を、雛鳥の目ははっきりと見ることができた。

 ゾッとするほど冷たい表情だった。

 神は、背負っていた大きな半月形の弓を手に持ち、腰の矢筒から矢を取り出して、優雅な身のこなしで弓に矢をつがえると、黒雲へ向けて射た。矢は雲に穴を開け、そこから大量の水が流れ落ち、それと共に、一匹の大蛇が飛び出した。

 大蛇はその場で一回転すると、光を纏い、天地に轟くように鳴いて、輝きながら雲を突き抜け、地上に降りて行った。

「雷だ」

 その大蛇は、雷の化身だった。

 神は、次々に矢を射て、大量の水と、雷の大蛇を地上に送っていった。

 ぐるぐると巡る大蛇達によって散々にかき乱され、雲は荒れていた。

 雛鳥は必死に大蛇にしがみつきながら、ただ、それを見ているしかなかった。

 やがて大蛇達は益々荒ぶり、無茶苦茶に乱れて飛び回り始め、中心にいる神から徐々に離れていった。

 一体どこをどう飛んだのか、気が付けば夜が明けていて、雛鳥は湿った草原の真ん中に倒れていた。

 辺りは水の匂いに満ちていて、どこからか勢いよく水が流れる音も聞こえてきた。

 頭が痛い。

 見えない大蛇から降りた時にぶつけでもしたのだろうか。

 ここはどこだろう。

 雛鳥は辺りを見渡した。すぐ目の前に、双翁山が高く聳えていた。反対側を振り返って見れば、遠くに、よく見知った形の山が見えた。

 ぐるりの山々だ。

 雛鳥は無性に母に会いたくなった。

 立ち上がって、雛鳥は自分が裸足であることに気が付いた。

 履いていた踊り子用の革靴が近くに落ちていないかと草原を探った雛鳥は、靴の代わりに、不思議な棒が落ちているのを見つけた。

 木でも、石でもない鈍く光るその棒は、恐らく大祭の踊りで使われるはずだった「剣」だろう。

 この剣も、雛鳥と同じように、神の風の化身である空を飛ぶ蛇に運ばれてきたのだろうか?

 靴は結局見つからなかった。雛鳥は裸足のまま、剣を杖代わりにして歩き出した。