二つ月の神話 二(17)

「凪は信用できない。ここを逃げ出しましょう」
 凪の天幕を出ると、雛鳥はクス・シイに会い、そう耳打ちした。
「でも、どうやって?昨日みたいに直ぐ馬で追いかけて来て連れ戻されるよ」
 クス・シイも声を落として、言った。
「だから、全部逃がすのよ」
 雛鳥は言った。
「だって、誰のものでもないんだから。でしょう?」

その日の夜、馬達を逃がした後、月明かりを頼りに、雛鳥達は逃げ出した。
 やがて馬がいなくなったことに気付いた渡りの民の人々が、馬泥棒だと騒ぎ始め、あちこちに散った馬達の足跡を追おうと躍起になっているのを尻目に、馬達が逃げて行かなかった方に、雛鳥達は逃げたのだった。
 辺りが明るくなりだした頃、蹄の音が聞こえてきた。
 渡りの民が追いかけて来たのかと警戒した雛鳥とクス・シイの前に現れたのは、コダマだった。
「コダマ!」
 クス・シイはコダマに抱きついて、
「僕に付いてきてくれたの?」
と言った。
「自分の意思で付いて来たのなら仕方ないわね」
 雛鳥は言った。
「コダマに乗って行きましょう。コダマは私達のものではないけど、仲間なんだから」
「調子いいなあ」
 クス・シイは雛鳥の言葉に呆れながらも、笑って言った。
「それで、どこへ行くの?」
クス・シイの問いに、雛鳥は答えた。
「天の湖よ」
「でも、君が前に空を飛んで行った時はその神に会えなかったんだろ?それに梟神にコテンパンにされたって…」
「多分、今度は会えるわ」
クス・シイに雛鳥は言った。
「昨晩、水瓶の水の中に神を見たの。確かに私と目が合った。神は、私を待っている」
「空を飛んでいくの?」
「冬になってから龍の姿が見えなくなったの。だから空は飛べない。でもきっと辿り着ける筈。天に近い高い場所に行けば…」

「それじゃあ双翁山だね。山登りは危険だけどコダマがいれば何とかなるかも」

 雛鳥とクス・シイは、コダマに乗って駆けながら、目敏く雪の下から顔を出し始めた山菜を見つけては、止まって籠に入れていった。
 日が暮れる前に眠れそうな場所を探し、火起こし器を使って二人がかりで火を起こした。一人でやるよりも、ずっと簡単に火を点けることができた。
 川で水を汲み、ついでにサワガニも捕まえて、鍋に山菜と一緒に入れて、食べた。
 そんな風にして何日も過ごした。

 春の兆しが見え始めていたが、見えない龍は相変わらず見えなかった。
 嵐の前の静けさのように、姿を消してしまった。