二つ月の神話 二(6)

名無し神は、森をさ迷う名前を無くした神なのだと、囲いの集落の人々は噂していた。 無害ではあるけれど、時々人を惑わすから近づいてはいけない、と。 実際、一緒に暮らしてみて、名無し神は全く穏和だった。 まず、動物を殺さなかった。食べるものは木の実…

二つ月の神話 二(5)

目が覚めると、木の葉を敷きつめた寝台の上に寝かされていた。 日の光がわずかに差すそこは、洞窟の中の様だった。 傷を負った手を見れば、布が丁寧に巻き直されている。「起きたか」 ボソボソと話す、酷く年を取ったしわくちゃの老人がいた。男か女かすら迷…

二つ月の神話 二(4)

雛鳥は体を引き摺りながら、水場を探して森をさ迷った。小さな見えない蛇達を辿って、湧水を見つけた雛鳥は、痛みを堪えて傷を洗い、木の枝で指を固定して裂いた服の裾を巻き付けた。 片手でそれをやるのは酷く時間がかかった。 全てをやり終えた時には日が…

二つ月の神話 二(3)

ふくろう神を探して、森の中をさ迷っていると、一人の男に出会った。 その男は、右手に木の杖を持ち、左手には小さな矢を握っていた。男の顔には、あのふくろう神の羽の模様と同じ模様の刺青が施されていた。 雛鳥と対峙した男は、手に握っていた矢を雛鳥の…

二つ月の神話 二(2)

雛鳥は、少年が口にした、天の河について考えていた。 天の河の話は、囲いの集落の長の家で聞いたことがあった。 川の上流を上った先にある、神々の集う河の話だ。 川を上流に向かって辿って行けば、あの神のいる所へ行けるのだろうか。 ふと雛鳥は、一つの…

二つ月の神話 二(1)

「君は神様なの?」 その少年は、雛鳥の目の前に突然現れ、そう雛鳥に尋ねたのだった。 雛鳥は頭に血が昇って、咄嗟に少年を突飛ばした。「私は神を殺す者よ!」 雛鳥はそう言うと、そのまま見えない蛇を手繰り寄せて、空を飛んで行った。 何度も空を飛ぶう…

二つ月の神話 一(12)

雛鳥はふらふらと辺りを歩いた。 大祭で、母の声を聞いたことを思い出した。あれは幻聴だったのだろうか?それとも母は雛鳥の為に大祭にやって来ていたのだろうか?長や長老達は帰って来ないそうだが、どこかで災難を逃れているのではないだろうか?そんな期…

二つ月の神話 一(11)

雛鳥は呆然として、立ちつくしていた。 どれぐらいそうしていただろう。ふいに崖の下から、人の声が聞こえてきた。 四人の若い男達が、土砂に押し出されるようにして積もった家々の残骸の側で何やら話していた。 見かけたことのある顔で、時々狩りの合間に囲…

二つ月の神話 一(10)

ぐるりの山々の方角を目指して、雛鳥は山の中を歩いた。 もう見えなくなっていたはずの空を飛ぶ蛇は、今やそこら中に見えていた。 また、空を飛ぶ大蛇に乗れば、囲いの集落に速く辿り着くかもしれない。しかし空の上で見たことを思い出すと、恐ろしくてとて…

二つ月の神話 一(9)

完全に日が暮れて、夜が来た。 雛鳥は空を飛ぶ大蛇にしがみつきながら、気が付けば分厚く黒い雲の中にいた。 そこには、雛鳥が乗る大蛇と同じ、神の風の化身である巨大な大蛇達が、無数に集結していた。 大蛇の群れは、ぐるぐると回って大きな輪をつくり、黒…

二つ月の神話 一(8)

雛鳥はふわふわとした気持ちでいたので、大祭の記憶はひどくぼやけていて、曖昧だった。 ただ、夕空の雲が、桃色、黄、橙、赤、紫、銀、金、青、紺、黒と、溢れる様に色とりどりにたなびいて美しかったことは、覚えている。 いつの間にか、雛鳥の乗る神輿は…

二つ月の神話 一(7)

囲いの集落を出た雛鳥達は、何度か休憩を取りながらも歩き続け、日が傾く頃になってようやく山を越え、彼らの暮らす集落、月森の集落を挑む丘に辿り着いた。 そのまま長老の蝦蟆は、月森の集落へと帰ってしまったので、雛鳥は長老の息子の蝌蚪と二人で、月森…

二つ月の神話 一(6)

祭りが終わり、日の落ちた頃合いに、長の使いが雛鳥の家を訪ねて来た。 焚き木の束を土産に持ってやって来たのは、雉(きぎ)という名の、雛鳥より四つ年上の長の息子の新妻で、雛鳥の母を長の家に呼びに来たのだという。 「あなたは囲炉に火を入れて、ここで…

二つ月の神話 一(5)

雛鳥の人生が、まるで渦に飲まれるように大きく巡り出したのは、雛鳥が生まれて十二度目に迎えた春の終わり。 それは、壺割り祭りの日のことだった。 壺割り祭りは、ひびが入ったり欠けたりして使われなくなった古い壺を、皆で割って埋葬するという、囲いの…

二つ月の神話 一(4)

それは、よく晴れた春の日のことだった。 雛鳥は、家の裏の山に登り、集落が一望できる場所で一人、山菜採りをしていた。 しばらく無心で山菜を採っていたが、ふと気持ちが途切れ、雛鳥は空を見上げた。 すると雲一つない空の上に、大きな蛇が飛んでいるのが…

二つ月の神話 一(3)

雛鳥の父は、雛鳥の物心がつく頃にはもう、亡くなっていた。 その為、幼い頃の雛鳥は、父が残した集落の北端の家に、母と二人きりで暮らしていたのだった。 雛鳥と母の暮らした家は、男手がなかった為に修繕が行き届いておらず、いくらかみすぼらしかったも…

二つ月の神話 一(2)

雛鳥は、囲いの集落、と呼ばれる集落で生まれた。 一際高く聳える二つの峰の頂に、一年中、老人の髪のように白い雪を積もらせた、「双子のお爺さんの山」として親しまれる山、双翁山を西に望み、緑豊かな山々が連なるその辺り一帯は、曇る土地、と呼ばれてい…

二つ月の神話 一(1)

それは雛鳥が、いくつの頃のことだっただろうか。 幼い頃、雛鳥は母の服の裾を引っ張って、こう問いかけたことがあった。 「ねぇお母さん。天の神様は、どんなお姿をしているの?」 母は優しく笑って、 「さあ。どんなお姿だと思うの?」 と、そう雛鳥に問い…

二つ月の神話 序

神様を殺そう。 雛鳥は決めた。 そう決めた途端、雛鳥の体は燃えるように熱くなり、一方で心は、水に沈むように冷えていった。 雛鳥は、空を見上げる。 嵐が去った後の空は雲一つなく、どこまでも水色に潤っている。 ざわざわとざわめく草木と共に、雛鳥の、…

くもるとつくもり

森の中のクモルとツクモリ いつも一緒のクモルとツクモリ ルルルルル クモルが歌うと、森はどんどん広がって クツクツクツ ツクモリが笑うと、森はびっしりと生い茂った だけど森が、あんまり大きく、あんまり深くなり過ぎたから クモルとツクモリは迷子にな…